【文学】沢木耕太郎 「人の砂漠」 アルベール・カミュ最後の作品集「追放と王国」をオマージュ。20代最後に思い入れを込めた作品。無名の相手に対する徹底した取材を元に作品化する力。恐れ入った。
1977年に刊行された初期の作品。
地方紙に少しだけ載るような何気ない事件や無名の人などを題材にした8編のルポルタージュから成る作品である。
題材の選び方に、目の付け所の違いさが際立つ。
あるときは、その境遇に自らの身をさらし、体験する。
構成されている8編のルポルタージュは以下の通り。
1.おばあさんが死んだ
元歯科医の老婆が、既に餓死しておりミイラ化した実兄を残し孤独死した話。
現在でも深刻化している孤独死の主人公を探る。
2.棄てられた女たちのユートピア
元売春婦のための養護施設「かにた婦人の村」創成期の話。
自ら施設で生活を共にし、関係各者を徹底的に取材する。
3.視えない共和国
4.ロシアを望む岬
北方領土近く、北海道歯舞地区の人々の生活についての話。
5.屑の世界
江戸川区瑞江に実在した屑屋(廃品回収業者)「石本商店」の話。
実際に「石本商店」で働きながら屑屋の実態を体感、深く理解する。
6.鼠たちの祭
相場師の話。相場業界の人々との取材を通し、伝説の相場師 板崎喜内人を中心とした相場師の歴史を紐解く。
7.不敬列伝
8.鏡の調書
老婦人詐欺師の話。身なりを整え、堂々と金をだまし取っていく姿には清々しさすら感じさせる。関係者を取材し、この詐欺事件を紐解く。
徹底した取材、ときには、自ら生活を共にし深く洞察し、作品化していく力。恐れ入る。
沢木耕太郎自身があとがきで書いているが、この作品は、作者が20代を終えるにあたり、ぜひ書いてみたいと望んだテーマだったようだ。
おそらく、人は誰しも無垢の楽園から追放され「人の砂漠」を漂流しなければならない。
「人の砂漠」を歩きながら、無数の地の漂流者たちに遭遇した。
遊牧民が広大な砂漠にほとんど無意味な墓標を作るように、彼らのために石を積みたいと思った。
「人の砂漠」に点在するそれらの墓標をもういちど辿り返してみたいと望んだ。
それが、沢木耕太郎の想いだった。
そして、沢木耕太郎が卒論のテーマにもした、アルベール・カミュの最後の作品集『「追放」と「王国」』にも言及している。
この作品が、沢木耕太郎自身にとっての『「追放」と「王国」』の物語であると。
また、あまり知られていないようだが、この作品の中の「調書の鏡」は1995年にNHKでテレビドラマ化されており、「おばあさんが死んだ」「棄てられた女たちのユートピア」「屑の世界」「鏡の調書」の4編は、2010年に東京藝術大学の関係者により映画化されている。
機会があれば、ぜひ鑑賞したいものである。
(2020年8月11日読了)
(2020年9月7日記)