【文学】沢木耕太郎 「バーボン・ストリート」 トウモロコシ畑からの贈物、バーボンを呑みたくなる珠玉のエッセイ集。
沢木耕太郎の作品をひたすら読み続けている。
スポーツノンフィクションの傑作「王の闇」を読み終え、当初、次は「テロルの決算」、「危機の宰相」と読み続けようと思っていた。
しかし、「王の闇」の最後に収められた短編「王であれ、道化であれ」を読み終え、次は「バーボン・ストリート」にしようと思った。
というのも、「王であれ、道化であれ」の舞台は、アメリカ ニューオーリンズ。ニューオーリンズの街の中心地フレンチクォーターのメイン通りは、バーボン・ストリートである。そんなバーボン・ストリートで過ごしたことが何度となく出てくる。
ということで、「バーボン・ストリート」を本棚から取り、読むことにしたのだった。
例の如く、本に挟んだレシートからこの本は、2003年1月26日に購入していることがわかる。
その時にすべて読んだのか、途中までしか読んでいなかったかは定かでないが、それほど内容を覚えていないということは、初読に近いのだろう。
この本は、雑誌「小説新潮」の連載エッセイで、単行本としては1984年10月に刊行されている。
15篇のエッセイにより成る。
各エッセイは以下の通り。
1.奇妙なワシ
「ワシ」という一人称の奇妙な使い方。特に、スポーツ新聞における相撲取りやプロ野球選手で多用されることについて。プロ野球選手の江夏豊、相撲取りの輪島、貴ノ花が出てくる。
2.死んじまってうれしいぜ
オトギバナシ(女性にとってはシンデレラコンプレックス、男性にとってはハードボイルド)から始まり、ニューオーリンズのバーボン・ストリートで聴いたデキシーランド・ジャズの曲について。陽気な数曲の中でも、印象的な曲名「死んじまってうれしいぜ」は葬送の曲だった。これ以上の惜別の辞はないだろう。
エイプリルフールが下火になってきたということから、世界中で見聞してきたバカバカしいくだらない話について。「深夜特急」の旅のときの、小島一慶の番組「パックインミュージック」のコーナー「気狂いクラブ」のエピソードなどを紹介。
4.わからない
井上陽水からの突然の電話。宮沢賢治「雨ニモマケズ」をモチーフにした「迷走する町」の印象的なキーワード「わからない」について。「雨ニモマケズ」の井上陽水の解釈に独自の世界観を強く感じる沢木氏。
5.ポケットはからっぽ
デート中の喫茶店。沢木氏の後方で、大きな声でおもしろい話をする丸谷才一。デート相手との会話そっちのけで、丸谷才一の話しか耳に入ってこない。丸谷才一の「男のポケット」というエッセイ集があるが、沢木氏のポケットはいつもからっぽ、と自嘲気味に語る。
6.風が見えたら
瀬古利彦を軸にマラソン競技について語る。酒場でたまたま隣り合わせたカメラマンとの話を挿入し、瀬古利彦と円谷幸吉の対比、女子マラソンの先覚者 ゴーマン美智子のエピソードなども加わる。
7.そんなに熱くはないけれど
テレビに熱狂していた時代について。そして、英元首相サッチャーの記者会見、ギリシャ人女優メリナ・メルクーリのインタビュー番組について語る。
8.運のつき
ギャンブルにまつわる話。一流騎手からミステリー作家へ華麗なる転身をしたディック・フランシスについて。以前厩舎に住まわせてもらい世話した馬(イシノヒカル)の馬券の話。そして、山口瞳の編集者と呑んだ勢いで買ってきてもらった馬券が万馬券になり、山口瞳「草競馬流浪記」でそんな沢木氏が紹介されていることなど。
9.シンデレラ・ボーイ
シンデレラ・ボーイといえば、映画「ロッキー」のシルベスター・スタローン。モハメッド・アリを倒し、映画「ロッキー」をなんと現実に模倣することになったレオン・スピンクス。映画「ロッキー3」の敵役 ミスターKは、そんなレオン・スピンクスのボディーガードだった。
10.彼の声 彼の顔
ラジオ番組に出た時の自分の声に違和感を覚えたこと。テレビでの失敗談。寺山修司の元夫人に「コカコーラみたいな人」と言われた話など。
11.角ずれの音が聞こえる
北海道の生産牧場でのひととき。高倉健の深い言葉に感銘を受ける。
12.退屈の効用
パチンコの話、趣味の話。
13.寅、寅、寅
映画「男はつらいよ」と山田洋次を切り口に、映画について語る。「男はつらいよ」や嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」などは、なぜか映画評論家が決めるベストテンなどへ選出されない。思いっきり映画を楽しめない試写会には行きたくないと語る。
14.ぼくも散歩と古本がすき
同じ街(経堂)に住んでいた植草甚一の話。そんな植草甚一とよく古本屋で出くわしていたこと、そして実家近くの古本屋「山王書房」にまつわる心温まる話。最後には、植草甚一の処分に困っていた大量の蔵書を譲り受けることに。
15.トウモロコシ畑からの贈物
酒の呑み方。そして、バーボンについて。酒の呑み方を最初に模倣したのは父。以後様々な格好いい酒呑みと呑んできた。なぜバーボンを呑むようになったのか。また、アメリカ タンパのスポーツウェア会社に訪れ、オフィスでビール、バーでバーボンを呑む。そこで一緒に呑んでいた人からの言葉「トウモロコシ畑からの贈物だもんな」にはたまらないものを感じる。
以上である。
作者のあとがきに書かれているが、この作品は、どれも呑み友達と酒を酌み交わしているうちにできたもののようだ。
洒落ていて、適度に硬さがある知的な文章。
こんな文章、私も書いてみたい。
そして、こんな呑み友達と酒を酌み交わしたい。
ちょっとした話がいろいろな作品と繋がっている。
とてもおもしろい。
私は、呑むといったらほとんどビールだったが、これからは「トウモロコシ畑からの贈物」バーボンを呑んでみようと思ったりした。
(2020年9月21日読了)
(2020年9月29日記)